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イースター島(チリ)&チリ本土

国のあらましみどころ&アクティビティアクセス方法と他国との組み合わせ

イースター島: 草で覆われた丘の中腹に点在する、天を仰ぐ巨大な石像『モアイ』。草原に立ち並ぶ7体のモアイ。荘厳な雰囲気すらかもし出す15体のモアイ。断崖絶壁の上に散在する鳥人を彫った岩・・・ 誰もがイースター島の写真や映像を見、一度は行ってみたいと思うことでしょう。店長も小学校6年生の頃、写真入りの『イースター島』の本を買い、イースター島に行ってみたいと思ったものでした。最初にイースター島に行ったのは1985(昭和60)年の12月。本で見た遺跡の数々を実際にこの目で見、ものすごい感動を覚えたものでした。多くの人がモアイの謎解きに挑戦してきましたが、いまだに解明されていない部分も多く、それがかえって人々の心をかきたてます。イースター島は南米のチリに属しますが、ありようはポリネシア文化圏の東端、南太平洋のさいはてに位置する絶海の孤島です。多くの人々の心をひきつけたイースター島、ぜひ、実際に歩き、モアイと見つめ合ってください。モアイが何かを語りかけてくれるかもしれません。

チリは南米大陸の太平洋に面した南北に細長い国。北部は砂漠とアンデス山脈、南部はパタゴニア・・・ この細長い国土には自然の美しさがぎっしりと詰まっています。北部、中部、南部では地形も景観もまったく異なり、変化に富んだ旅が楽しめます。海産物のおいしさでも定評のあるこの国では、ぜひ、ウニ、巨大なフジツボ、蛤のような貝、アナゴ、ホヤなど、おなじみの魚介類に舌鼓を打ってください。


        左から: オロンゴの鳥人の岩絵と3つのモツ、ラノララクのモアイ <以上、全てイメージ>

PALMのイースター島はここが違う!

 1.イースター島では基本的に『日本語ガイド』がご案内します。遺跡の説明が日本語で聞けるのは魅力です!
   (時期によって、あるいはスタッフの都合により、日本語が手配できない場合、旅行をお受けできないこともあります)
 2.タヒチ島、チリのサンティアゴといった経由地でも『日本語係員』がお世話します。
 3.仏領ポリネシアの『マルケサス諸島(モアイの源流?)』とあわせた手配が可能です。「ふたつのモアイ」に会いに行きませんか?

 

イースター島とチリ本土のインフォメーション
正式国・地域名 チリ共和国 (スペイン語でイースター島は“イスラ・デ・パスクワ”と呼ぶ。“イースター”も“パスクワ”も復活祭のこと。)
面積 イースター島の面積は小豆島とほぼ同じ約166ku 
イースター島を含むチリ全体では日本の約2倍の約757,000ku
島の中心/首都 イースター島の中心はハンガロア村/
チリの首都はサンティアゴ
元首/政体 元首: リカルド・ラゴス・エスコバル チリ共和国大統領
政体: 立憲共和制
人口/民族構成 <イースター島>
人口: 約3,800人
民族構成: ポリネシア系が約70%、ほかにチリ系住民。
<チリ本土>
人口: 約1,700万人
民族構成: スペイン系白人と、白人およびインディヘナの混血であるメスティーソが95%。インディヘナ2%など。
宗教/言語 <イースター島>
宗教: カトリックが殆ど。

言語: 公用語:スペイン語/島の言語はラパヌイ語。観光地では英語も通じるところがある。
<チリ本土>
宗教: カトリックが殆ど。
言語: 公用語:スペイン語。観光地では英語も通じるところがあるが稀。
通貨と為替 <イースター島、チリ本土共通> チリ・ペソ($)で補助単位はない。
表示が$なので米ドルと間違えないように注意が必要。

紙幣:$500、$1000、$2000、$5000、$10000、$20000 ・・ 硬貨:$1、$5、$10、$50、$100、$500
   $500紙幣と$1硬貨はあまり見かけない。
為替レート:$100=約18.69円(2005年調べ)。

*イースター島では一般的にUS$も流通するが、おつりはペソというケースが多い。
ビジネスアワー <イースター島>
銀行: 月〜金の8:00〜13:00。土・日・祝は休み。
お店: 月〜金の9:30〜14:00が平均。土・日は午前中のみのお店が多い。
レストラン: 11:00〜24:00。ランチタイム終了時から、ディナータイム開始時まで閉まるお店もある。

<チリ本土>
官公庁: 月〜金の9:00〜14:00の間、窓口が空いている。
銀行: 月〜金の9:00〜14:00。両替商は土曜日も13:00まで営業しているところが多い。
お店: 月〜金の10:00〜14:00と16:00〜20:00.土曜は半日営業の場合が多い。
レストラン: 13:00〜15:00がランチ、20:00〜22:00がディナータイムというところが殆ど。
時差とサマータイム <イースター島>
日本より15時間遅れ。日本が正午のとき、イースター島は前日の午後9時。
サマータイム(10月第二週目〜3月第二週目)には日本より14時間遅れとなる。日本が正午のとき、前日の午後10時となる。
<チリ本土>

日本より13時間遅れ。日本が正午のとき、チリ本土は前日の午後11時。
サマータイム(10月第二週目〜3月第二週目)には日本より12時間遅れとなる。日本が正午のとき、同日の午前零時となる。
気候と旅行シーズン <イースター島>
年間の平均気温は21℃前後。5月から10月ぐらいが冬。特に7月、8月は最低気温が15度ぐらいになる。曇りの日が多い。
11月から4月ぐらいが夏で、盛夏の2月は気温も24〜28度となる。年間の降雨量は1100mmほど。
基本的に朝晩、風が吹いているときは涼しいので、上に羽織れるものを持参したほうが良い。日差しも思ったより強いので、日焼け止めなどは必携。
<チリ本土: 比較的著名な観光地のある地方のみ>
1.北部砂漠地域: 降雨量は少なく、全体的に乾燥している。真夏の1月ごろには日中40℃ぐらいまで気温が上がる。
  但し、夜間はかなり冷え込み、時には零度をきる場合もある。真冬の8月ごろには平均15度をきる。高地では防寒が必要。
2.中部地方: 首都サンティアゴ、ビーニャ・デル・マル、バルパライソを含む。真夏の1月でも平均20度前後である。一方、
  真冬の8月には7〜8度まで気温が下がる。
3.パタゴニア地方: 真夏の1月でも10度を越えることは少ない。逆に真冬の6〜8月には平均零℃近くまで気温が下がる。
  しっかりとした防寒が必要。夏でも上着は必携。
電圧とプラグ <イースター島>
電圧220V、50Hz。プラグは『C』タイプ。
<チリ本土>
電圧220V、50Hz。プラグは『C』タイプが殆どだが、一部三つ穴の『O』タイプもある。
電話 <イースター島>
公衆電話は空港、電話局にある。どちらも国際電話が可能。
*日本からイースター島へ:
  国際電話会社番号+国際電話識別番号010+チリの国番号56+イースター島の市外局番32+相手の電話番号
*イースター島から日本へ:
  国際電話会社番号123+国際電話識別番号0+日本の国番号81+市外局番(最初の0を取る)+相手の電話番号

<チリ本土>
いろいろな会社の公衆電話が混在する。カード式の電話も多く、テレフォン・カード(Tarjeta)を使ってかけることができる。テレフォン・カードは電話局やキオスク(キオスコ)などで売っている。一部のホテルからもかけることができる。詳細はホテルへ。公衆電話は街中、バス・ターミナル(Terminario de autobus)、レストランなどにある。
*日本からチリへ:
  国際電話会社番号+国際電話識別番号010+チリの国番号56+各都市の市外局番から0を取る+相手の電話番号
*チリから日本へ:
  国際電話識別番号0+日本の国番号81+市外局番(最初の0を取る)+相手の電話番号
<イースター島>大きなホテルの水は飲用できることになっているが、ミネラル・ウォーターか湯冷ましを飲んだほうが無難。
<チリ本土>ミネラル・ウォーターか湯冷ましをおすすめする。
チップ <共通>枕銭はUS$1ほど、ポーターには荷物一個につきUS$1ほど、レストランでは勘定の1割程度が目安。
入出国関係 <共通>パスポートの残存有効期間: 帰国時まで有効であることが必要。
      ビザ: 90日以内の観光の滞在であれば不要。

上記に『ビジネスアワー/電圧とプラグ/電話』をご案内しております。
1.
ビジネスアワーについては平均的な営業時間帯を採用しております。しかし、全ての機関や会社、お店、レストランがその通りの時間帯で営業しているとは限りません。出発前もしくは現地に到着後、ご確認されますよう、お願い致します。
2.電圧とプラグについてはなるべく政府関係・政府観光局関係の資料を基に作成してありますが、ホテルによっては個別のアウトレット(コンセントの穴)を設置している場合がございます。アウトレットによって使用できるプラグの形が決まります。ご出発前にご確認されますよう、お願い致します。
3.
電話のかけ方は一般的に電話局などから日本に直通電話をかける場合のかけ方をご紹介しております。かける場所(公衆電話、カード式公衆電話、空港や駅に設置の電話、ホテルの部屋に設置の電話)によってかけ方は異なります。ホテルから電話をおかけになる場合はフロントで、また、弊社の「ホテルでの宿泊を伴う現地発着プラン」を申し込まれたお客様はガイドや現地係員などにホテルから電話をかける方法をお聞き下さい。一部の国・地域では電話局からしかかけられない場合があります。また、コレクトコールのできない国・地域もございます。

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みどころ&アクティビティ[イースター島<ハンガロア><遺跡群>/チリ<中央部><北部><中部チロエ島><タヒチ>]
ハンガロア村と近郊 世界文化遺産『ラパヌイ国立公園』 = イースター島“Easter Island”というのは英語名。公用語のスペイン語では同じ意味で“Isla de Pascua (イスラ・デ・パスクワ)”と呼ぶ。島民は“ラパヌイ(“大きなラパ島”の意。ちなみに“小さなラパ島”すなわち“ラパイティ”は、仏領ポリネシアはオーストラル諸島にあるラパ島がそれであるとも云われている)、あるいは、“地球の臍”という意味の“テ・ピト・オ・テ・ヘヌア”と呼ぶ。でも、やはり我々にはイースター島という名が通りが良い。3つの火山の火山活動によって形成されたこの島の中心はハンガロア村。国際線・国内線の発着するマタベリ空港からもわずか5〜600mで村に着いてしまう。チリという国でありながら、南米の持つイメージは殆どなく、南太平洋の島というイメージが強い。ホテルや民宿に旅装をといたら、まず、ハンガロア村に行ってみよう。

<ハンガロア村とその周辺>

教会: 1958年、ノルウェーの冒険家、故トール・ヘイエルダール氏の寄付で建立された白亜のカトリック教会。毎週日曜日のミサには島民が集う。ここで歌われる
賛美歌はなんと、ラパヌイ語で、ポリネシアン・リズム。お聞き逃しなく!!

市場(メルカード): ハンガロア村の小さな市場。島の食品などが売られている。イースター島の食生活がわかる?また、教会の隣には『民芸品市場』もある。島民たちが作った木彫り、石彫り、装飾品などが売られている。

イースター島博物館: イースター島の歴史やモアイについての展示。とくにモアイについての展示は充実しており、珍しい
『女性のモアイ像』、完全な形で現存する唯一の『モアイの目(ときとき海外巡業で見られない場合もあるらしい)、ラパヌイ文字が刻まれた“ものいう板”『コハウ・ロンゴ・ロンゴ(2つは本物)』、精霊をかたどったといわれる像『モアイ・カバカバ』などが飾られている。

アフ・タハイ、アフ・バイ・ウリ、アフ・コテリクのモアイ: ハンガロア村からいちばん近いモアイ群。「アフ」とはモアイの台座・祭壇。修復された5体のモアイが立つアフ・バイ・ウリ、その北には1体のモアイの立つアフ・タハイ、その北には復元された目と「プカオ」と呼ばれる帽子=あるいは髷を持つモアイの立つアフ・コテリクが続く。アフ・バイウリの近くには石で造られた鶏小屋儀式が行われたとされる広場ボート・ハウス「バイナ」と呼ばれる円形に石を並べた儀式のための場所人工の埠頭倒れたモアイ像などが残っている。ボート・ハウスには、イースター島の始祖王とされるホトゥ・マトゥア王の一行が、住まうべき家がなかったのでボートを伏せ、それを住居としたという伝説がある。この遺跡はサンセット・ポイントとしても有名で、夕陽に染まるモアイが美しい。

アナ・カイ・タンガタ: ハンガロア村の南西の海岸にある洞窟。ラパヌイ語で“人(タンガタ) 食い(カイ) 穴(アナ)”を意味する。オロンゴの鳥人儀式の際の人選を行った神聖な場所という説が有力。洞窟の壁には約500年前の鳥の壁画が描かれている。

[アクティビティ]
ダイビング>: イースター島近海は透明度が高いので、ダイビングに最適。最近、注目され始めてきた。
乗馬>: ガイド付きで乗馬もできる。車の入れない北部の遺跡など、馬で訪れると面白いだろう。
観光>: 島内観光のツアーは、半日プランと一日プランに分かれている。家庭料理を民家で食べるというアクティビティもある。
詳しくは店長まで

〔イースター島ならではの料理〕
クラント: 土中に焼き石を並べ、その上にバナナの葉でくるんだ食材(鶏、豚肉、かぼちゃ、いも類、調理用バナナ)を置き、蓋をして蒸し焼きにする豪快な料理。「ポエ」と呼ばれるケーキも一緒に蒸し焼きにされる。同じような料理は太平洋各地で見られ、仏領ポリネシアでは「タマラァア」と呼ぶ。チリ本土でクラントというのは貝・じゃがいも・ソーセージの寄せ鍋なので注意。イースター島のクラントは一式100ドルぐらいで、大勢で楽しめる。
イースター島の遺跡群  ↓ イースター島の観光地を南西から順番にご紹介する。

オロンゴ: 島を形成した火山のうち、『ラノ・カウ(直径約1,500mの火口湖がある)と呼ばれる休火山の南に位置する遺跡。ここは『鳥人(タンガタ・マヌ)やマケマケ神の像を刻んだ岩』『石積みの集落遺跡』で有名。鳥の頭と人の体を持つタンガタ(人)・マヌ(鳥)をはじめ、天地創造の神とされる「マケマケ」など、500ほどの線刻画が残されている。近くには53棟の石積みの集落遺跡があり、オロンゴの儀式村とされる。
  ※
オロンゴの儀式: 17世紀から18世紀の間、部族間の争いが続き、モアイが引き倒された(フリ・モアイ)。モアイ崇拝に代わって行われるようになったのが鳥人崇拝。毎年7月から8月の間、天地創造の神マケマケが遣わす使者とされる渡り鳥がやってきて、オロンゴの南に浮かぶ3つの島(モトゥ・ヌイモトゥ・イティモトゥ・カオカオ)のうち、モトゥ・ヌイに卵を産む。それを各部族の長の使者(ホプ・マヌ)たちが海を渡って取りに行き、最初に卵を手渡された部族の長が鳥人=タンガタ・マヌとして一年間、島の政治・宗教を司ることができたという。ホプ・マヌたちは儀式の前、石積みの集落に集い、寝泊りしながら訓練を続けたという。

アフ・ビナプ: ラノ・カウ山の東に位置する祭壇遺跡。『No.1のアフ』はその石組みが精巧なことから、南米のインカ文明との関係があったのではといわれる。アフにはモアイが6体あるが、いずれも顔を下にして倒されている。顔が下なのはモアイの霊力をなくすためといわれている。傍には『No.2のアフ』もある。また、凝灰岩を彫った『女性と思われる細いモアイ』がある。

アフ・ハンガテ(アフ・バイフ): 海岸線のすぐ近く、8体のモアイが倒されたままになっているアフ。アフの中には人骨が葬られており、フリ・モアイ(モアイ倒し戦争)後にはアフが墓として利用されたことを物語っている。ここにも円形に石を並べた『バイナ』がある。

アフ・アカハンガ: アフ・ハンガテ同様、海岸線のすぐそばにあるアフ。ここもまた、フリ・モアイの激戦地であったとされ、モアイは徹底的に破壊されている。また、付近には『ボート・ハウス』と呼ばれる住居跡がいくつか残る。

アフ・テテンガ: ここのアフには巨大なモアイが仰向けに倒されている。一説にはこのモアイがあまりにも重く、うつぶせにはできなかったからだという。ここもまた、フリ・モアイの激戦地であったと思われる。

ラノララク: おそらく日本人がイメージするモアイはここのモアイでは?休火山ラノララクの山腹に無数のモアイ像が散在している。ラノララク一帯で約390体のモアイがある。ここはモアイの石切り場だったところで、作りかけのモアイ像も多くみられる。岩盤にいままさに彫り始められたモアイ半身を彫られたモアイのほか『ピロピロ』と呼ばれる島最大の高さ21.6mの巨大なモアイ『胸に帆船の線刻画のあるモアイ』、故ヘイエルダール氏が掘り起こした島唯一の座ったモアイ『モアイ・トゥク・トゥリ』などのモアイの名士が点在する。山の斜面に並ぶモアイの多くは地上6〜8mの高さで、しかも体の殆どは土中に埋もれている。ラノララクの火口を覗けば緑の葦に覆われたカルデラ湖があり、火口の内側にも巨大なモアイが埋まっている。火口の内側の巨大なモアイ群を尾根を越えて海岸線まで運び出すのは不可能であるといわれ、一説には囲うの内側の巨大なモアイは、アフに乗せるためではなく、別の目的で作られたのでは・・・といわれている。
 ラノララクではたくさんのモアイにあいたい・・・(イメージ)

アフ・トンガリキ: 海を背に15体のモアイが並ぶ、イースター島最大のアフ。1991年〜95年にかけて、日本のクレーン会社タダノの援助で復元された、ポリネシア海域でも有数の巨大遺跡。フリ・モアイではモアイが倒され、1960年のチリ沖地震の際にはアフそのものが壊滅してしまっていたので、修復はたいへんな作業であったという。ここは朝日の名所。朝日に浮かぶモアイのシルエットはとても美しい。すぐ近くには大阪万博の際に来日したモアイがある。また、付近にはマケマケ神の顔や亀、魚、鳥人などの線刻画が刻まれた岩が多数残る

ポイケ半島: 伝説ではモアイを崇拝しないハナウ・モモコ(短耳族)は、モアイを崇拝するハナウ・エエペ(長耳族)をポイケ半島に追い詰め、ハナウ・エエペはポイケ半島で篭城を余儀なくされたという。追い詰められたハナウ・エエペが突き落とされ、焼き殺されたといわれる堀『ポイケ・ディッチ』が残る。訪れるのは困難で、訪れたところで何もないが、フリ・モアイの歴史の一頁として覚えておきたい。

アフ・テ・ピト・クラ/テ・ピト・オ・テ・ヘヌア: アフの上に立っていたモアイの中でも最大の高さ10mの『モアイ・パロ』が倒れている。近くには“地球の臍”という意味の『テ・ピト・オ・テ・ヘヌア』と呼ばれる、磁気を帯びた不思議な球形の石がある。

トランペット・ストーン: イースター島にはもうひとつ、不思議な石がある。楕円形をした石で、穴がいくつも空いている。上部の穴から息を吹き込むと、まるでほら貝を思わせる音が出る。儀式の際に人を集めるために使われた「楽器」だったとか。

アフ・ナウナウ/アナケナの浜: 伝説の始祖王ホトゥ・マトゥアが上陸下とされる場所がアナケナの浜。イースター島で、最も南太平洋らしい場所(水着をお忘れなく)。ビーチの近くにあるのが『アフ・ナウナウ』で、上には1978年に復元された『モアイ』がある。そのうち4体にはプカオが乗せられている。少し離れた場所に立つもうひとつのモアイは、故ヘイエルダール氏によって最初に立てられたモアイで、『ホトゥ・マトゥアの像』であるといわれている。

アフ・アキヴィ: 殆どのアフが海岸線に造られており、モアイは海を背にして立っている(あるいは立っていた)が、ここのアフは草原の中に築かれ、7体のモアイたちは海を見つめて立っている。ここのモアイたちはホトゥ・マトゥア王の七人の王子たちを祀っているのでは、といわれている。ここも絵葉書などに登場し、有名な遺跡だ。

プナパウ: モアイの帽子、または髷といわれる“プカオ”を切り出した凝灰岩地帯。12世紀ごろからモアイにはプカオが乗せられるようになったのだという。山高帽のような形をしたプカオが残っている。
チリ中央部
 サンティアゴ
 ビーニャ・デル・マル
 バルパライソ
イースター島にサンティアゴ経由で行かれる方、必見。

<サンティアゴ>

チリの首都。細長いチリのほぼ中央に位置する標高520mの都市。トランジットの時間を利用して、サンティアゴ市内を歩いてみたい。市内の中心は“セントロ”と呼ばれている。観光の中心となるのはひとつに『アルマス広場』。ひとつに『モネダ宮殿』。このほかにもみどころはある。

アルマス広場: 旧市街の中心にある広場。広場の周りにはみどころが多い。『独立記念碑』、先住民アラウカノ族を平定してサンティアゴの礎を築いた『ペドロ・デ・バルディビアの騎馬像』、1541年にバルディビアによって建立された『大聖堂(カテドラル。チリのカトリックの大本山。日本にもなじみの深いフランシスコ・ザビエルの木像や、重さ20kg以上ある17世紀の銀製のランプがある)『市庁舎』『国立歴史博物館(レアル・アウディエンシア宮殿内。バルディビアなどの建国者たちに関する展示が充実している。)など。

サンティアゴ博物館(カサ・コロラーダ): 1769年に完成した代表的なコロニアル建築。スペイン植民地時代から現在に至るサンティアゴ市の変遷に関する展示がみもの。

モネダ宮殿: もともとは国立造幣局として建てられた(1784年着工〜1805年竣工)宮殿で、1846年にマヌエル・ブルネス大統領によって大統領府とされた。1973年のアウグスト・ピノチェトによるクーデターの舞台として、広く知られるようになった。建物自体はクーデターの際に灰燼に帰し、そのご修復された。隔日の午前10時から30分間、警備兵の交代式を見ることができる。

サンフランシスコ教会: 1572年着工〜1618年竣工の古い教会。中央の祭壇に祀られている『ソコーロの聖母』は、サンティアゴの礎を築いたペドロ・デ・バルディビアが本国スペインより携えてきたものと言われる。教会のシンボルであるもみごたえがある。

中央市場: サンティアゴの台所。新鮮な魚介類をはじめ、ありとあらゆる食材が売られている。なかでも海産物市場はみもの。ウニ(エリーソ)、巨大なフジツボ(ピコロコ)、蛤のような貝(アルメハ)など、食欲をそそられるものが売られている。市場内には食堂もあり、これらの海産物などを賞味することができる。前述のエリーソ、ピコロコ、アルメハはぜひお試しあれ⇒店長のイチオシ

サン・クリストバルの丘: セントロの北東に聳える丘。頂上にはマリア像が建つ。頂上からはサンティアゴ市街が見渡せる。

[アクティビティ]
観光>: サンティアゴ市内観光、バルパライソ日帰り観光などのほか、泊りがけで行くチロエ島への現地発着プラン、北部アンデス方面への旅行やパタゴニアへの旅行など、いろいろある。
詳しくは店長まで

<ビーニャ・デル・マル>
 
サンティアゴの北西120kmに位置するリゾート地。チリのアカプルコと呼ばれ、夏のシーズンには避暑地として賑わいを見せる。ビーニャ・デル・マルの北は美しい
白砂のビーチが続き、12月〜3月は海水浴客で賑わう。海辺のレストランでは新鮮なシーフードが楽しめる。サンティアゴから日帰りもできるが、夏の時期ならばぜひ、一泊はしてみたい。

考古学博物館: イースター島に行かれる方/行かれた方は必見。入り口にモアイ像が立ち、中ではイースター島の出土品などを展示している。また、先住民族マプチェ族の展示もある。

<バルパライソ>
ユネスコの
世界文化遺産に認定された『港町バルパライソの歴史地区』。坂の多いこの街は歩くだけでも楽しく、息が切れる(笑)。歩くのに疲れたらぜひ、この町の名物である『アセンソール(ケーブルカーのような傾斜式のエレベーター)』に乗ってみたい。ビーニャ・デル・マルの10kmほど南に位置するこの町は、チリ第二の都市であり、チリ最大の港町である。丘の数は45。セントロと港湾以外に平地はないと言ってよく、その独特の地形がたぐいまれな乗り物、アセンソールを生んだ。アセンソールは100年からの歴史があり、今も尚、市民の足として活躍している。一回の乗車は70ペソ〜。『ポランコのアセンソール』が特に有名。港湾の西側にあるプエルト市場には、シーフードのおいしい食堂がある。ぜひ、お試しあれ。

青空美術館: カテドラルのあるビクトリア広場から続く坂道を登ったところにあるアート群。坂道の途中20箇所に壁画があるが、どれもロベルト・マッタなどのチリの芸術家によって描かれたもの。坂道を一周すると20の絵をすべて見られるが、登りが辛いので『アセンソール・エスピリトゥ・サントス』を上手に使い、頂上から西ルート、東ルートの坂道を下って鑑賞するほうが楽。

サント・ドミンゴの丘: 港湾の西側。バルパライソ最古の集落のあるところで、これも市内最古の『ラ・マルティス教会(1559年建立)がある。迷路のような坂道や路地がいい雰囲気を醸し出しており、斜面に貼りつくようにして立てられた住居もみごたえがある。
チリ北部
 アリカ
 アタカマ高地ほか
イースター島だけではない! チリの魅力 アンデスを楽しもう!

<アリカ>

ペルーとの国境に近い、長い国土を持つチリの最北の港町。郊外には地上絵や考古学博物館、ボリビアとの国境にはラウカ国立公園などのみどころがある。

考古学博物館: 市街から12km東、サン・ミゲル・デ・アサパ村にある博物館。紀元前7世紀から栄えたさまざまな文明に関する展示がみごとだが、なかでもここのみどころは『世界最古のミイラ』。1万年前に作られたミイラはチンチェーロ時代のものとされ、粘土の仮面を被った家族のミイラである。

地上絵: アサパ渓谷とサン・ミゲル・デ・アサパ村の間や、アリカ空港の近くにもある。図柄は渦巻模様、人物、リャマやビクーニャといった動物など。“石を退かせて”描かれたペルーのナスカの地上絵とは違い、“石を並べて描く”方法がとられている。

ラウカ国立公園: 市街の東175km。標高3,200m〜4,600mにある国立公園。砂漠地帯のアリカ周辺から辿り着くと、緑の多さと、高山植物の花の美しさに目を奪われる。高さ世界一の活火山グアジャティレ(標高6,060m)を筆頭とするアンデスの峰々が美しいまた、世界最高所にある不凍湖として知られる『チェンガラ湖』もここにある。動物たちも多く、家畜ではないラクダ科のビクーニャを見ることができる。ここへの道中にはアドべ(日干し煉瓦)で作られた民家や教会などを見ることもできる。

<サン・ペドロ・デ・アタカマ>
標高2,438m、アンデスの山懐にあるサン・ペドロ・デ・アタカマは、先住民アタカメーニョが最初に集落をつくったといわれる、いわば
“チリ発祥の地”。町にはアドベで建てられた家々や教会があり、郷愁を誘う。アンデスを楽しむのならアタカマ高地がおすすめ。ボリビアとの国境に景勝地が連なる風光明媚な土地。

考古学博物館(市街): この地ゆかりのプレ・インカ(インカ以前)の文明の展示。中でも『アタカメーニョの女性のミイラ』は必見。

アタカマ高地: 岩塩が織り成す、まるで月面のクレーターを思わせる『月の谷』、世界第二の面積を誇る塩湖『アタカマ塩湖』、素朴なインディヘナが暮らす村『トコナオ』、アンデスの山々を写す鏡のような『ミスカンティ湖とミニケス湖』、標高4,500mを越えるところにある世界最高所の間欠泉『タティオ間欠泉群』などみどころが多い。途中の村々にはアドベづくりの素朴な教会や民家が建ち、静かなインディヘナの暮らしがある。アタカマ高地から眺めるアンデスの山々は絶景につきる。
チリ中部
 チロエ島
チロエ島には本土とは違う、独特の文化が受け継がれていると言う。島の中心はアンクー、南部にはカストロという大きな町もある。この島の住居は基本的に木造。中にはパステル・カラーに塗られたカラフルな家もある。島内に点在する木造の『チロエ島の教会群』世界文化遺産に指定されている。『テナウン教会』はパステル・カラーに塗られており、ユニーク。イースター島の「クラント」に似た、焼石で蒸す料理が存在する。この島の『引越し』は必見。なんと家ごと道を海を移動する。運よく見られたら幸運が訪れるかも?素朴なチロエ島。最低でも1泊はしたい。
◎プエルト・モンが空路・陸路とも玄関口となる。
タヒチ(仏領ポリネシア) イースター島へはタヒチを経由して行くことができる。タヒチの紹介ページはこちら

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アクセス方法と他国との組み合わせ
直行便 なし
経由1 米国経由: 米系航空会社が米国各都市経由でサンティアゴまで、ほぼ毎日飛んでいる。
サンティアゴからイースター島へはランチリ航空の国内線利用。
経由2 カナダのトロント経由: エアーカナダがトロント経由でサンティアゴまで飛んでいる。
サンティアゴからイースター島へはランチリ航空の国内線利用。
経由3 ブラジルのサンパウロ/リオデジャネイロ経由: ヴァリグ・ブラジル航空がサンパウロまたはリオデジャネイロ経由でサンティアゴまで飛んでいる。
サンティアゴからイースター島へはランチリ航空の国内線利用。
経由4 タヒチ: タヒチまではエアー・タヒチヌイの直行便が週3便。
タヒチからイースター島へはランチリ航空の国際線利用。
経由5 ハワイのホノルル: ホノルルまでは日本からの直行便多数。ホノルルからタヒチへはハワイアン航空が週1便。
タヒチからイースター島へはランチリ航空の国際線利用。
経由6 ニューカレドニアのヌメア: ヌメアまでは日本からエアー・カランのの直行便あり。ヌメアからタヒチへはエアー・カラン利用。
タヒチからイースター島へはランチリ航空の国際線利用。
経由7 ニュージーランドのオークランド: オークランドまでは日本からニュージーランド航空などの直行便あり。オークランドからタヒチへはニュージーランド航空利用。
タヒチからイースター島へはランチリ航空の国際線利用。
国内線 チリ国内はランチリ航空。ラデコ空軍航空などが各都市を結んでいる。北部の砂漠地帯やアンデスの山懐、南部のパタゴニアなどへの足として使える。そのうち、イースター島への便を運行しているのはランチリ航空。
他国との組み合わせ 上記経由地以外では: ニュージーランド領クック諸島(ラロトンガ)、ワリス諸島、フィジー、ニューカレドニア、バヌアツなどとの組み合わせも可能。南米周遊も可能。例えばペルーとチリとイースター島、イグアスの滝とイースター島、パタゴニアとイースター島(冬季=現地の夏季がおすすめ)
アイランド・ホッピングの一例1 例えばニューカレドニア+フィジー+ウォリス&フトゥナ+フランス領ポリネシア+イースター島 ニューカレドニアではイル・デ・パンなどに滞在、フィジーの離島でリゾートもうひとつの仏領・ウォリス諸島では石造りの美しい教会や火口湖を見、タヒチではアイランド・ホッピングを楽しみ、イースター島でモアイと語らう。
アイランド・ホッピングの一例2 例えばニューカレドニア+バヌアツ+フランス領ポリネシア+イースター島: ニューカレドニアではイル・デ・パンなどに滞在、バヌアツのタンナ島で火山やカスタム・ビレッジを見、タヒチではアイランド・ホッピングを楽しみ、イースター島でモアイと語らう。
アイランド・ホッピングの一例3 例えばハワイ+フランス領ポリネシア+イースター島: ハワイのビショップ博物館を見てポリネシア文化に触れ、フランス領ポリネシアではタヒチの博物館と“モアイのルーツ”マルケサス諸島を訪問、そしてイースター島モアイと語らう。

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