
| マルタ |
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|国のあらまし|みどころ&アクティビティ|アクセス方法と他国との組み合わせ|![]()
場所は地中海。ヨーロッパよりアフリカ大陸に近いところに浮かぶ島国「マルタ」は実に不思議な国です。北アフリカ系や中近東系のマルタ人が数多く住んでいるのに、宗教はイスラーム教ではなく、キリスト教(カトリック)。言語はアラビア語のマルタ方言とでもいう言葉なのに、表記はくねくねしたアラビア文字ではなく、アルファベット。地中海の海の幸をふんだんに使った料理は北アフリカにこれだけ近いのに、なぜかどこかイタリア風。そして何よりもマルタ島とゴゾ島に残る不思議な巨石神殿の数々。マルタの不思議はそれだけではありません。紀元前2,500年頃に造られたとされる地下神殿ハル・サフリエニ・ハイポジューム。その緻密さ・精巧さはこれが古代に造られたものであるということが信じられないほど。また、マルタ島には『カート・ラッツ』と呼ばれる奇妙な轍?が残されています。この轍は海岸まで続き、やがて海中に消えている・・・ もしかしたらその先にアトランティス大陸があったのでは??マルタを訪れる人々はその特異な文化、歴史に驚かされます。あなたもマルタの不思議に触れてみませんか?
| 国のあらまし | |
|---|---|
| 正式国・地域名 | マルタ共和国 |
| 面積 | 約316ku |
| 首都・首府 | ヴァレッタ |
| 元首/政体 | 元首: エディー・フェネク・アダーミ大統領 政体: 共和制 |
| 人口/民族構成 | 人口: 約376,000人 民族構成: 北アフリカ系、中近東系、ヨーロッパ系 |
| 宗教/言語 | 宗教: キリスト教(カトリック) 言語: 公用語はマルタ語と英語。マルタ語はアラビア語に似ている。 |
| 通貨と為替 | マルタ・リラLM。補助単位はセント¢。 紙幣:2、5、10、20LM ・・ 硬貨:1、2、5、10、20、50¢、1LMt。 為替レート:1LM=約320円(2005年調べ)。 |
| ビジネスアワー | 銀行: 月〜金の8:00〜12:45、午後は火・金の14:30〜16:00。土は8:00〜11:30。日・祝は休み。 サマータイム実施時は朝の始まりが8:30となる。また、火曜日の午後も休みになる。 お店: 平均して月〜土の9:00〜19:00。・日・祝は休みのお店が多い。また昼休みが3〜4時間ある。 レストラン: お店によって違う。ランチ・タイムとディナー・タイムに分かれているお店が殆ど。 |
| 時差とサマータイム | 日本より8時間遅れ。 日本が正午のとき、マルタは午前4時。 サマータイム時は日本より7時間遅れ。 日本が正午のとき、マルタは午前5時。 |
| 気候と旅行シーズン | 温暖で乾燥しており、雨は少ない。夏季の7月〜8月は平均気温が30℃ぐらいになる。秋から冬にかけて北アフリカからの「シロッコ」と呼ばれる強風が吹くこともある。朝晩は冷え込むこともあるので、羽織れるものを用意したい。夏の日差し対策も必要。5月から11月にかけて海水浴ができる。旅行のベスト・シーズンもこの季節。 |
| 電圧とプラグ | 電圧は240V 50Hz。 プラグは『BF』タイプ。 |
| 電話 | 国際電話は電話局などからかけられる。 *日本からマルタへ:国際電話会社番号+国際電話識別番号010+マルタの国番号356+相手の電話番号 *マルタから日本へ:国際電話識別番号00+日本の国番号81+市外局番(最初の0を取る)+相手の電話番号 |
| 水 | 水道水の飲用可だが塩分が感じられる。おなかに不安のある方はミネラル・ウォーターか湯冷ましを飲んだほうがよい。 |
| チップ | チップの習慣がある。レストランでサービス料が含まれていない場合、勘定の10%ほど。ホテルの枕銭は25¢相当。 |
| 入出国関係 | パスポートの残存有効期間: 入国時に90日間の残存有効期間が必要。 ビザ: 基本的に90日以内の観光であれば不要。 |
上記に『ビジネスアワー/電圧とプラグ/電話』をご案内しております。
1.ビジネスアワーについては平均的な営業時間帯を採用しております。しかし、全ての機関や会社、お店、レストランがその通りの時間帯で営業しているとは限りません。出発前もしくは現地に到着後、ご確認されますよう、お願い致します。
2.電圧とプラグについてはなるべく政府関係・政府観光局関係の資料を基に作成してありますが、ホテルによっては個別のアウトレット(コンセントの穴)を設置している場合がございます。アウトレットによって使用できるプラグの形が決まります。ご出発前にご確認されますよう、お願い致します。
3.電話のかけ方は一般的に電話局などから日本に直通電話をかける場合のかけ方をご紹介しております。かける場所(公衆電話、カード式公衆電話、空港や駅に設置の電話、ホテルの部屋に設置の電話)によってかけ方は異なります。ホテルから電話をおかけになる場合はフロントで、また、弊社の「ホテルでの宿泊を伴う現地発着プラン」を申し込まれたお客様はガイドや現地係員などにホテルから電話をかける方法をお聞き下さい。一部の国・地域では電話局からしかかけられない場合があります。また、コレクトコールのできない国・地域もございます。
| みどころ&アクティビティ | |
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| ヴァレッタ | <ヴァレッタ> マルタの観光は首都ヴァレッタから始まる。ギリシアのロードス島からマルタに本拠地を移した聖ヨハネ騎士団は、トルコ軍とのグレート・シーズ(大包囲戦)の戦いを戦い抜き、堅固な城壁で守られたヴァレッタの街を建設した。『ヴァレッタ旧市街』はその歴史的重要さから、ユネスコの世界文化遺産に認定されている。ゆっくりと歩き、この街の歴史を感じてみたい。 *城門(シティー・ゲート): ヴァレッタの旧市街へと続く、最大の城門。1968年に再建された。城門に続く城壁には『サン・ジェームス保塁』が残されている。 *聖母ヴィクトリア教会: ヴァレッタの街が建設された当時に建立された、ヴァレッタ最古の教会。はじめ1565年に建立されたが、長い間、省みられなかった。しかし、17世紀に改装され、現在に到る。 *オーベルジュ・ドゥ・カスティーユ/レオン・エ・ポルトガル: アッパー・バラッカ・ガーデンを出て正面の広場の脇に建つ、1574年に建てられたスペインおよびポルトガル出身の騎士団の宿舎。現在の建物は1744年、ピント騎士団長の時代に正面をバロック様式に改築したもの。現在は首相官邸なので、外観のみの観光となる。 *アッパー・バラッカ・ガーデン: 保塁の上に広がる公園で、別名「イタリアの見晴台」。それは19世紀までイタリア出身の騎士団の憩いの場として使われていたことに由来する。ここからの眺めは素晴らしく、グランド・ハーバーやスリー・シティーが一望できる。 *国立美術館: 16世紀の建築で、18世紀に改装されたバロック様式の邸宅で、英国による統治時代は海軍提督の屋敷だったもの。中世〜18世紀の美術が集められている。騎士団の施療院で用いられていた豪華な銀製品も展示されている。 *国立考古学博物館/オーベルジュ・ドゥ・プロヴァンス: 16世紀に聖ヨハネ騎士団のプロヴァンス地方出身者たちの宿舎として建てられた。現在は国立考古学博物館として公開されている。マルタ各地の巨石神殿からの出土品が目を引くが、「マルタのヴィーナス」と呼ばれる裸身の女神像、ハル・サフリエニ・ハイポジュームから出土した「眠れる女神」は特に有名。 *聖ヨハネ大聖堂: マルタ騎士団の守護聖人である聖ヨハネに捧げられた、1573年着工〜1577年竣工の聖堂。建物の左右にはそれぞれ鐘楼があり、中央のバルコニーでは選出された新たな騎士団長が騎士たちに挨拶を送った場所。祭壇には騎士たちの出身地別に8つの礼拝堂があり、床には12人の騎士団長が眠る。聖堂に併設された『聖ヨハネ大聖堂美術館』にはカラヴァッジョの代表作「聖ヨハネの斬首」や「聖ヒエロニムス」の絵画がある。このほか宗教儀式に用いられる衣装や道具がみもの。 *マルタ国立図書館: 16世紀からの歴史がある図書館で、1796年に騎士団の礼拝堂から移転された。騎士や教会から寄贈された蔵書が30万冊もある。当初は80万冊の蔵書が会ったと言うが、ナポレオンによって持ち出されたものも多いと言う。 *騎士団長の宮殿: パレス広場の右側に建つ、1547年竣工の石灰岩造りの豪壮な建物。現在は大統領府と議会が置かれている。建物の中には1565年のトルコ軍との攻防で名高い「大包囲戦」の壁画がある。地続きの一画は『兵器庫』で、騎士団の武具や兵器を展示している。 *マヌエル劇場: ヨーロッパに現存する劇場の中で、3番目の古さを誇る。1731年に帰し団長マヌエル・ドゥ・ヴィヘーナが、騎士たちの娯楽のために立てた。第二次世界大戦で戦火を浴びたが、1960年に修復された。劇場内には劇場で使用された衣装、擬音を出す道具、役者のポートレートなどを展示した『マヌエル劇場博物館』がある。 *カーマライト教会: 1570年に建立されたカルメル派の教会。第二次世界大戦で戦火を浴び、再建された。全体を石灰岩で多い、62mに及ぶ巨大なクーポラを頂く。 *聖パウロ教会: マルサイムシェット・ハーバーに面して建つ、英国国教会の教会。ゴシック様式の尖塔は高さが65mある。 *カーサ・ロッカ・ピッコロ: 16世紀に建築された貴族の邸宅。現在は個人の邸宅となっているが、見学可能。このかわいい名前は「小さな石の家」という意味。 *ローアー・バラッカ・ガーデン: 保塁の上にあるもうひとつの公園。神殿のような建物があるが、これは1799年にナポレオン軍撤退に功績のあった英国マルタ総督のアレクサンダー・ボール卿に捧げられたもの。 *騎士団病院: 1574年に騎士団の病院として設立された建物。船から傷病兵を速やかに移すため、グランド・ハーバーに面して建てられた。最大の病室は161mという、世界最大の長さを持つ。当時の様子が人形などを使い、再現されている。 *マルタ・エクスペリエンス: 騎士団病院の地続きの地下の一画で催されるマルチ・ビジョン・ショー。マルタの歴史や民俗を映像やナレーション、音楽で紹介している。日本語のイヤホン・ガイドも用意されている。 *聖エルモ砦: ヴァレッタのあるシベラス半島の先端に位置する、2つの港と4つの角を持つ星型の砦。15世紀からすでに軍事拠点として存在していた。砦として完成したのは1552年のこと。守護聖人聖エルモの小さな礼拝堂のあった場所に建設されたことからこの名がつけられた。砦にはマルタに於ける多の戦争の歴史を紹介したパネル、武器や軍服、軍用車、戦闘機などを展示した『国立戦争博物館』がある。 [アクティビティ] <観光>: 市内観光、国内観光などの現地発着ツアーが手配可能。ゴゾ島日帰りツアーも。詳しくは店長まで |
| マルタ島内 | <スリーシティ> ヴァレッタのアッパー・バラッカ・ガーデンから見える、対岸のカニのはさみのような2つの岬とそのつけね、それがスリーシティ。その名の通り、3つの街がひとつの城壁に囲まれている。別名を「コットネーラ」という。 *ヴィットリオーザ(旧名ビルグ): ヴァレッタから見て、「カニのはさみ」の左側の岬にある街。聖ヨハネ騎士団がヴァレッタに本拠地を移すまで、ここが最重要拠点だった。みどころとしては、グレート・シーズの際に騎士団が本拠地としたマルタ最古の砦『聖アンジェロ砦』、ヴィットリオーザの地区教会でバロック様式の『聖ローレンス教会』、騎士団の時代から英国統治時代にかけての海軍の歴史を展示する『海事博物館』、1574年の建築で審問室・審問官の部屋・牢獄などを公開している『宗教裁判所』などがある。 *セングレア(旧名リスラ): ヴァレッタから見て、「カニのはさみ」の右側の岬にある街。このまちは1551年にセングレア騎士団によって碁盤の目状に区画整理された。ここでのみどころは、セングレアの地区教会で第二次世界大戦後1957年に再建された『勝利の女神教会』、1662年に建立された『聖フィリップ・ネリ教会』、岬の先端にあるセーフヘブン公園に建つ『見張塔』など。 *コスピークワ(旧名バームラ): 「カニのはさみ」のつけねにある街。ここは3つの街の中で最も新しい。 <スリーマ> ヴァレッタの北東の海岸沿いにあるリゾート地。丘の上には住宅が広がり、海岸近くには観光客向けのホテルやレストラン、カフェ、土産物店などが並ぶ。ビーチでは海水浴が楽しめる(5月〜11月ぐらいがピーク)。 [アクティビティ] <ダイビング>美しい地中海でのダイビングはいかが?スリーマにはダイビング・サービスもある。 <サン・ジュリアン> スリーマから続く海岸沿いにある観光地。かつては漁村であったが、今でもその名残が見られる。レストランやカフェ、ディスコ、そしてマルタ唯一のカジノもある。 <マルサシュロック> マルタ島東部にあるマルタ最大の『漁村』。名前の由来は、港を意味する「マルサ」と、北アフリカから吹く風「シロッコ」。ここはオスマン・トルコ軍や、ナポレオン軍が上陸したことでも知られる。また、米国のブッシュ大統領(父)とソ連(当時)のゴルバチョフ最高会議議長が冷戦の終結を宣言した「マルタ会議」が行われた場所としても知られる。村では毎日午前中、海岸沿いに『市』が立ち、賑わう。日曜日には『縁日?』が行われ、さまざまな屋台が並ぶ。海岸沿いにはレストランが多く、食べ歩きも楽しい。ところで、『漁船』に注目していただき他。舳先には一対の目が描かれており、漁師のお守り兼魔よけとして描かれているのだという。 <ガール・ダラム洞窟&博物館> マルサシュロックの南西にある洞窟。洞窟の年齢は30万年ともいわれるが、少なくとも18万年前には存在していたといわれる。5層の洞窟で、中からはヒツジ、シカ、オオカミ、キツネなどの骨が発見された。発掘作業の途中で発見された動物の骨などは博物館に展示されている。 <イムディーナ> マルタ島の南部の小高い丘の上にある街。イムディーナとは、アラビア語で「城壁の町」という意味。その名の通り街は『城壁と空堀』に守られている。みどころは: 保塁に造られた3つの城門のひとつで空堀を渡ったところにある『メイン・ゲート』、メイン・ゲートを入った広場の左側に建つ『見張塔』、同じく右側に建つ1730年竣工の旧ヴィヘーナ邸を博物館とした『国立自然科学博物館』、1418年に建立された教会でマティオ・プレッティによる祭壇がみごとな『聖ベネディクト教会』、マルタ最古の貴族の館『インガネスの家』、17世紀に建立されたイムディーナの象徴『大聖堂』と大聖堂から運ばれた聖具などを展示した『大聖堂博物館』、東側の保塁に建つ1495年に騎士団長リスル・アダムにより建てられた『パラッツォ・ファルツォン(ノルマン・ハウス)』などがある。イムディーナのいちばん奥、『保塁広場(バスティオン・スクエア)』からは島の中央にある『モスタの街の眺望』がすばらしい。 <ラバト> イムディーナの南に位置する街で、城壁はない。9世紀にアラブ人によってイムディーナと分割された歴史を持つ。みどころは: ローマ時代のモザイクなどを展示している『ヴィラ・ロマーナ』、17世紀に建立されたバロック様式の『聖パウロ教会』と聖パウロが隠れ住んでいたといわれる『聖パウロ洞窟』、マルタ随一の規模を誇る『聖パウロのカタコンベ』、そしてもうひとつ、聖アガサが隠れ住んだといわれる『聖アガサのチャペル』と地下にある『聖アガサのカタコンベ』がある。 <モスタ> モスタはマルタ島の中央部に位置する街。イムディーナの保塁広場から見える、ひときわ大きな建造物が『モスタの教会=モスタ・ドーム』。このドームは1863年に着工したヨーロッパ最大級のドーム。 <カート・ラッツ> 石灰岩の大地に刻まれた謎の轍の跡。この轍は75cmもの深さがあり、マルタ各地にあった巨石神殿に巨石を運ぶためにできたと考えられている。しかし、轍のほかには何の遺跡も発見されておらず、しかもすべてが海に向かっていることから逆に謎が深まっている。もしかしたら「アトランティス大陸」に続いていた? <青の洞窟> マルタ島南部、「ハガール・キムとムナイドラの神殿」の南東の海岸、岬の先端にある。周囲の海はターコイズ・ブルーで、それ故に「青の洞窟」と呼ばれている。遊覧船で訪れることができるが、光を楽しめるのは午前中なので注意したい。 <ハガール・キムとムナイドラの神殿> 前述の「青の洞窟」に近い海のそばに2つの神殿がある。『ハガール・キム神殿』は紀元前2,800〜2,400年に建てられたとされる、巨石で囲まれた神殿。精巧な造りで、中には巨石に穴を開けた壁もある。また、生贄を乗せたと思われるテーブルなど、見るべきものは多い。『ムナイドラ神殿』は紀元前3,000〜2,400年に建てられたとされる神殿群で、3つの神殿が並んでいる。右側の神殿は、マルタ各地の巨石神殿のなかでも古いもののひとつ。中央の神殿は巨石の柱と梁の奥の、巨石に穴を開けた入り口から入る。両方ともユネスコの世界文化遺産『巨石文化の神殿群』を構成している貴重な遺跡である。 <タルシーン神殿> ヴァレッタの南東、タルシーンの集落にある紀元前3,000〜2,500年に建てられたとされる、3つの神殿からなるマルタ最大の巨石神殿群。いちばん新しい神殿の石積みの壁には螺旋や動物の行進などの線刻画が刻まれている。また、スカートをはいた女神像の下半身が残されている。中央神殿の入り口には巨石の柱と梁を組み合わせた入り口があり、ここにも装飾が施されている。いちばん古い神殿には装飾が少ないが、巨石に穴を空けた壁が残されている。タルシーン神殿もユネスコの世界文化遺産『巨石文化の神殿群』を構成している貴重な遺跡である。 <ハル・サフリエニ・ハイポジューム> タルシーン神殿の近く、パオラの集落にある地下神殿。地下の岩盤を刳り貫いて築かれた精巧な神殿で、地上で巨石を組み合わせて建てられた、いわゆる巨石神殿とは構造が全く異なる。紀元前2,500年頃に造られた。この神殿は地下3層からなり、部屋の高さは最大10mにも及ぶ立派なもの。神殿全ての規模は焼く500u。38の石室で構成される。いちばん古い第一層は粗削りな仕上がりだが、第二層はより精巧に築かれている。重要な祭祀が行われていたと考えられる。第三層は穀物倉ではないかと言われる。地下に築かれた精巧な神殿は考古学的に重要であり、単独でユネスコの世界文化遺産に認定された。 |
| ゴゾ島 | ゴゾ島はマルタ島の西6kmの海上にある島。要塞都市ヴィクトリアや巨石神殿のひとつ『ジュガンティーヤ神殿』、伝説の『カリプソの洞窟』などのみどころがある。マルタ島からツアーで訪れることができる。 <ヴィクトリア> ゴゾ島の中心となる町。ここでのみどころは、中世に築城され、17世紀に騎士団によって強固に再建された『大城塞=チッタデッラ』につきる。大城塞には1711年に建立された『大聖堂』、騎士団の時代に粉挽きのために建てられた『風車』などがある。 <ジュガンティーヤ神殿> ヴィクトリアの東、シャーラの集落にある巨石神殿。紀元前40世紀頃から建設が始まったとされる。周囲を高さ8mにも及ぶ石積みの壁が取り囲み、中央に祭祀を行ったと思われる神殿がある。伝説では巨人女性サンスーナによって建立されたとされる。ユネスコの世界文化遺産『巨石文化の神殿群』を構成している。 <カリプソの洞窟> シャーラの北部、ラムラ湾にある洞窟。ホメロスの「オデッセイ」に書かれた、美しい妖精カリプソがオデュッセウスを愛の虜として7年間閉じ込めたとされる伝説の洞窟。カリプソは永遠の命を与える代わりにオデュッセウスを永住させようとしたが、彼は妻ペネローぺのもとに戻るという筋である。 <アズール・ウインドウ> 島の西海岸にある天然の橋で、ゴゾ島を代表する景勝地のひとつ。 <リゾート地区> カリプソの洞窟のある『ラムラ湾』は美しいビーチ『サンディー・ビーチ』で知られる。その西の『マルサルフォルン』にはホテル、レストランが整っている。また、島の南側の『シレンディ湾』にもホテル、レストランなどのリゾート施設が整っている。 |
| コミノ島 | マルタ島とゴゾ島の間に浮かぶ美しい島。海の美しさは折り紙つきで『ブルー・ラグーン』は有名。 |
| アクセス方法と他国との組み合わせ | |
|---|---|
| 直行便 | なし |
| 経由1 | アラブ首長国連邦のデュバイ: デュバイへは関空からエミレーツ航空の直行便が就航。デュバイからマルタへはエミレーツ航空が就航している。 |
| 経由2 | イタリアのミラノ/ローマ: イタリアへは日本からアリタリア航空の直行便が就航。イタリアからはマルタまでアリタリア航空が就航。 |
| 国内線 | ない。 |
| 他国との組み合わせ | マルタとイタリア、マルタとアラブ首長国連邦、マルタとチュニジア、マルタとリビアなどがある。 |
| 他国との組み合わせの一例1 | 例えばマルタ+イタリア: マルタでは不思議な巨石神殿や古都を訪ね、ゴゾ島にも足を延ばす。イタリアではミラノやローマの世界遺産を散策。マルタからシチリア島へのフェリーもあるので、利用するのもよい。 |
| 他国との組み合わせの一例2 | 例えばマルタ+アラブ首長国連邦: マルタでは不思議な巨石神殿や古都を訪ね、ゴゾ島にも足を延ばす。デュバイではビーチ・リゾートで遊び、砂漠へのツアーやオアシスのアル・アインを訪ねるツアーに参加する。 |
| 他国との組み合わせの一例3 | 例えばマルタ+チュニジア: アリタリア航空のマルタ/チュニスのオープン・ジョー航空券を購入。マルタからチュニスへはフライトがある。マルタでは不思議な巨石神殿や古都を訪ね、ゴゾ島にも足を延ばす。チュニジアではベルベル族の村やマトマタの穴居、穴倉のような倉庫「ゴルファ」を訪ねたり、世界遺産を訪ね歩く。食べ歩きも楽しみ。 |
| 他国との組み合わせの一例4 | 例えばマルタ+リビア(4名様から): エミレーツ航空のマルタ/トリポリのオープン・ジョー航空券を購入。マルタからトリポリへはフライトがある。マルタでは不思議な巨石神殿や古都を訪ね、ゴゾ島にも足を延ばす。リビアではローマ時代の遺跡レプティス・マグナやガダーミスの旧市街といった世界遺産を訪ね歩く。4名様以上、いらっしゃれば手配します。 |