
| シエラレオネ |
|---|
|国のあらまし|みどころ&アクティビティ|アクセス方法と他国との組み合わせ|![]()
アフリカ西部にあるシエラレオネ。度重なる内乱で、この国を“旅行ができない国”と思われている方がほとんどなのでは?しかし現在では、首都フリータウンのある『フリータウン半島』に関してはまったく問題なく旅行できるまでになりました。特にフリータウン半島の西側、大西洋に面した海岸はリゾート地として、ヨーロッパからの観光客で賑わっています。シエラレオネ観光局によると、最近ではフリータウン半島には続々と新しいホテルや民宿が建ち、世界中のお客様を受け入れる体制が整っているとのことです。シエラレオネも奴隷貿易の時代を経験しました。数多くの奴隷が、カリブ海(西インド諸島)などに売られてゆきました。奴隷解放後、この地にたどり着いた解放奴隷たちはフリータウンのコットン・ツリーの下で何を思ったことでしょう?奴隷貿易の歴史は、ブンシー島に残る砦などに偲ぶことができます。フリータウン近郊に残るクリオ・ハウスと呼ばれる19世紀、あるいはそれ以前のコロニアル建築の家々も昔の情緒たっぷり。また、この国は自然保護にも力を入れています。中でもタクガマのチンパンジー保護区は必見。そして、なんといっても海の美しさは西アフリカでも随一。バナナ島では海水浴や釣りを楽しむことができます。この新しい観光立国、ぜひ、一度ご覧になってください。
左から: アバディーン橋、ブンシー島への舟、ラッカ・ビーチの砂浜、ラッカ・ビーチ、ラッカ・ビーチの夕暮れ、ルメリー・ビーチの砂浜、ルメリー・ビーチの夕暮れ
(シエラレオネ政府観光局ご協力) <以上、全てイメージ>
| 国のあらまし | |
|---|---|
| 正式国・地域名 | シエラレオネ共和国 |
| 面積 | 約71,740ku |
| 首都・首府 | フリータウン |
| 元首/政体 | 元首: アル・ハジ・アフマド・デジャン・カバ大統領 政体: 共和制 |
| 人口/民族構成 | 人口: 約5,300,000人 民族構成: メンデ族、テムネ族、リンバ族などの部族のほかに、クリオ(解放奴隷の子孫)など。 |
| 宗教/言語 | 宗教: イスラーム教が60%、ほかにキリスト教10%、伝統宗教30%。 言語: 公用語は英語。ほかにメンデ語、テムネ語、リンバ語など。 |
| 通貨と為替 | レオネ(LE)。補助単位はない。 紙幣:50(稀)、100(稀)、500、1,000、2,000、5,000、10,000LE ・・ 硬貨:10、50、100、500LE。 為替レート:1LE=約0.0435円(2005年調べ)。 |
| ビジネスアワー | 官公庁: 月〜金の8:00〜12:00、12:30〜15:45。土は8:00〜12:00。日・祝は休み。 会社: 月〜金の8:00〜17:00。土は8:00〜13:00。日・祝は休み。 銀行: 月〜木の8:00〜17:30。金は8:00〜14:00。土・日・祝は休み。 お店: 平均して月〜土の8:00〜18:00。日・祝は休みのお店が多い。 レストラン: お店によって違う。高級店ではランチ・タイムとディナー・タイムに分かれているお店もある。 |
| 時差とサマータイム | 日本より9時間遅れ。 日本が正午のとき、シエラレオネは午前3時。 |
| 気候と旅行シーズン | 西アフリカでも湿度の高い国のひとつ。内陸部に比べ、観光地であるフリータウン半島を含む海岸地帯のほうが湿度が高いが、海岸地帯は海風が吹くので比較的快適。雨季は5月中旬から11月末にかけてで、年間降雨量は3,150mmを超える。年間平均気温は27℃だが、海岸地帯と内陸部とでは格差があり、海岸地帯のほうが比較的涼しい。旅行シーズンは乾季の12月から4月。しかし、12月と1月は砂漠からハルマッタンという風が吹くため、空がかすむことが多々ある。雨季、乾季を問わず、朝晩は冷え込むこともあるので、羽織れるものを用意したい。夏の日差し対策も必要。 |
| 電圧とプラグ | 電圧は230V 50Hz。 プラグは『B』、『B3』、『BF』、『C』タイプ。 |
| 電話 | 国際電話は電話局などからかけられる。シエラレオネからかける場合については電話局やホテルで確認のこと。 *日本からシエラレオネへ:国際電話会社番号+国際電話識別番号010+シエラレオネの国番号232+相手の電話番号 *シエラレオネから日本へ:国際電話識別番号+日本の国番号81+市外局番(最初の0を取る)+相手の電話番号 |
| 水 | 水道水の飲用不可。ミネラル・ウォーターか湯冷ましを飲んだほうがよい。 |
| チップ | チップの習慣がある。高級ホテルでの枕銭は$1相当(2,400LE)。高級レストランでは勘定の10%ほど。 |
| 入出国関係 | パスポートの残存有効期間: パスポートの残存有効期間は、査証申請時に6ヶ月以上あったほうが望ましい。 ビザ: 必要。 |
上記に『ビジネスアワー/電圧とプラグ/電話』をご案内しております。
1.ビジネスアワーについては平均的な営業時間帯を採用しております。しかし、全ての機関や会社、お店、レストランがその通りの時間帯で営業しているとは限りません。出発前もしくは現地に到着後、ご確認されますよう、お願い致します。
2.電圧とプラグについてはなるべく政府関係・政府観光局関係の資料を基に作成してありますが、ホテルによっては個別のアウトレット(コンセントの穴)を設置している場合がございます。アウトレットによって使用できるプラグの形が決まります。ご出発前にご確認されますよう、お願い致します。
3.電話のかけ方は一般的に電話局などから日本に直通電話をかける場合のかけ方をご紹介しております。かける場所(公衆電話、カード式公衆電話、空港や駅に設置の電話、ホテルの部屋に設置の電話)によってかけ方は異なります。ホテルから電話をおかけになる場合はフロントで、また、弊社の「ホテルでの宿泊を伴う現地発着プラン」を申し込まれたお客様はガイドや現地係員などにホテルから電話をかける方法をお聞き下さい。一部の国・地域では電話局からしかかけられない場合があります。また、コレクトコールのできない国・地域もございます。
| みどころ&アクティビティ | |
|---|---|
| フリータウン | <フリータウン>: シエラレオネの首都。過去10年以上に及ぶ武力衝突で広範囲にわたりかなり疲弊した。内戦の傷跡は内戦が終わった今でも随所に見られるが、現在では平穏、いや昔の活気と混沌を取り戻しつつある。フリータウンは広域で、西部の大西洋に突き出したフリータウン半島も含まれる。フリータウン半島西部、大西洋に面した海岸には、リゾート・ホテルや民宿が雨後の筍のように建ち、ヨーロッパからのリゾート客が再び訪れるようになった。特に海・山の美しさは絶品で、ビーチは西アフリカ随一とうたわれる。通常、ヨーロッパや近隣諸国からこの国を訪れると、フリータウン半島の対岸にあるルンギ国際空港に到着する。現在ではルンギ国際空港からリゾート・エリアまでヘリコプターで乗り入れることができるので便利。リゾート・エリアのホテルか民宿に泊まり、フリータウンの中心地や、フリータウン半島を観光するのがポピュラー。 *コットン・ツリー: 樹齢500年余。フリータウンのシンボル。解放されてこの地に辿りついた解放奴隷たちが、この木の下で休んだといわれる。いわば近代フリータウンの発祥の地でもある。周りに官庁街が広がっているので、写真撮影はできないが、しばしこの木の下で解放奴隷が何を思ったかを考えてみたい。コットン・ツリーのすぐ東には“皆殺し作戦”と呼ばれた戦乱の傷跡を残す『裁判所』が、この木から独立通りを山側に行くと植民地時代の建物『ステート・ハウス』があるが、どちらも一般公開はされておらず、2005年5月25日現在撮影も禁止されている。 *国立博物館: コットン・ツリーの西側にある小さな博物館。ここにはシエラレオネの歴史に関する資料、各民族の仮面や工芸品などが展示されている。展示品は少ないが、伝統文化を知る上で、ぜひ訪れてみたい。 *市街地: コットン・ツリーの東側には市街地が広がっている。コットン・ツリーから東に延びるシアカ・スティーブンス通りに面して『郵便局』があり、シエラレオネの美しい切手を買うことができる。フリータウン最古の教会『マーロン教会』はジャマイカから戻った解放奴隷によって建立された。街中にはほかにも教会や聖堂、モスクなどがある。区画整理された道を一本一本尋ねるのもよいが、必ずガイドに同行してもらうこと。写真撮影の可否や、街の歴史などを聞きながら歩くことができる。 *市場: フリータウンにはいくつかの市場がある。後述のビクトリア・パーク・マーケット以外にも東の『イースト・ストリート・マーケット』、西の『キング・ジミー・マーケット』がある。いずれもフリータウンの庶民の台所として活気がある。後者はシエラレオネを建国したクリオやその子孫によって立てられた歴史ある市場で、国内随一の賑わいを見せる。 *ビクトリア・パーク・マーケット: シエラレオネのお土産を買うなら迷わずここへ。ここには質のよいお土産が揃っている。仮面、バティック、ビーズのネックレスそのほか工芸品などを買うことができる。【注意】ここでは言い値で買ってはいけない。必ず“値切り”という名のゲームを楽しんで頂きたい。 *フォーラー・ベイ・カレッジ: 市街地の南に位置する、1827年に聖公会宣教教会によって建てられた西アフリカ最古の英語系の大学。別名を“西アフリカのアテネ”という、伝統と格式のある学府。 *レイチェスター・ヒル: 市街地の南にある丘。ここからのフリータウンの眺望は素晴らしい。 *クリオ・ハウス: 英国やジャマイカなどからこの地に辿りついた解放奴隷の末裔は、木造の家を建て、住んでいた。『クリオ・ハウス』とよばれるこれらの伝統家屋は、フリータウン半島の各地で見ることができる。その殆どは19世紀以前に建てられたもので、この国の歴史を感じることができる。シアカ・スティーブン・スタジアム周辺では、特にみごとなクリオ・ハウスの数々を見ることができる。 [アクティビティ] <シュノーケリング>: フリータウン半島の西側や、バナナ島で楽しめる。三点セットは事前にご用意のこと。 <釣り>: バナナ島で楽しめる。ツアーに参加すれば釣具は貸してくれる。 <ビーチ送迎>: フリータウン半島には素敵なビーチが多い。ご希望ならば各ビーチへの送迎のアレンジが可能。詳しくは店長まで <観光>: 市内観光、半島内観光、チンパンジー自然保護区訪問などが入った現地発着プランがある。 |
| フリータウン半島 | <フリータウン半島(1) 内陸部> フリータウン半島にはみどころが多い。クリオ・ハウスの建ち並ぶ“クリオ・ビレッジ”や、チンパンジーの保護区、滝などをツアーで訪れることができる。また、ビーチ・エリアはリゾート地としてヨーロッパ人にとっては有名なデスティネーションとなっている。しゃれた海の家?やプチ・リゾートなどがある。 *クリオ・ビレッジ: フリータウン半島には、解放奴隷の子孫が住む“クリオ・ビレッジ”がいくつかある。特に有名なのは、シュガー・ローフ・マウンテンの麓に位置する『リージェント村』、『バサースト村』、『シャーロット村』。この3つの村は正当なクリオの村であり、ツアーで訪れることができる。 *コンゴ・ダム(Kongo Dam): フリータウンや近隣の村にとって重要なこのダムのある地区は、自然観察区となっており、様々な鳥、カワウソなどの野生の生物を見ることができる。 *タクガマ・チンパンジー保護区: ここは環境破壊などによって、親に捨てられたこどものチンパンジーを自然に帰すためのリハビリ施設として1995年に指定された。チンパンジーは、自然環境に近い状況を造った100エーカーほどの敷地に住んでいる。チンパンジーをただ、リハビリさせるだけの施設ではなく、近隣の住民には森林伐採をしなくても(チンパンジーの生息地である森を消滅させなくても)生活できるだけの環境を提供するなど、エコの視点で運営されている。尚、現在ではチンパンジーを保護するための法律が施行されている。チンパンジーを見ながら、「人と動物との共存はいかにすべきか」を考えてみたい。 *シャーロットの滝: 極めて小さい滝だが、ピクニック・エリアとして人気がある。リフレッシュできる場所。ツアーの場合はここでお弁当になる。 *ヒル・ステーション: 植民地時代の入植者の指導者たちの居住区。マラリアを媒介するハマダラ蚊から逃れるためにこの地に住居を構えた(かつて、白人でマラリアによって命を落とす者が後を絶たず、シエラレオネは“白人の墓場”と呼ばれていた)。ここからの海や街の景色は最高! *グマ・バレー・ダム&保護地: 浄水についての学術的なレクチャーや、ダムの散策などがメイン。ダムの周囲は美しい森で囲まれており、この森は野性のチンパンジーや他の野生動物のふるさととなっている。自然トレッキング・ルートが、ビーチ・エリアの『リバー・ナンバー・ツー』に向けて延びている。ダムは日帰り観光の人気のスポット。 <フリータウン半島(2) ビーチ・エリア> 大西洋に面したフリータウン半島の西側は、どこまでもビーチが続くエリアで、ヨーロッパ人やアフリカ人にとって人気の海水浴場となっている。特に『リバー・ナンバー・ツー・ビーチ』は西アフリカで最も美しいビーチのひとつに数えられており、人気が高い。このエリアには他にも美しいビーチや『素朴な漁村』も多い。ぜひ訪れてみたい。 *ルメリー・ビーチ: ビーチ・エリアの北端にある。ここには規模の小さい、『伝統的なビール(地ビールに近い)の酒蔵』がたくさんある。地ビールの好きな方は必見。また、ここはビーチ・バレーのメッカで、よくその風景は絵葉書になっている。家族連れにはファミリー・キングダムという、プール付きのレクリエーション宿泊施設もある。 *ラッカ・ビーチ: ルメリー・ビーチから10kmほど南下したところにある。ここには『ピエールズ・ビーチ・バー&リゾート』という、プチ・リゾートがある。プールもテニス・コートもある本格的なリゾートで、毎週一回はアフリカン・ミュージックのライブもある。 *リバー・ナンバー・ツー・ビーチ: ビーチには行く時間のないという方でも、ここのビーチだけは必見。西アフリカ随一の美しい海岸が迎えてくれる。海の家?は伝統的な建物で、快適さはまったく望めないが、泊まる事もできる。また、ベッドと蚊帳を備えた石造りの海の家もあり、こちらも宿泊が可能。テントもある。 *漁村: 漁村や、海の民の生活に興味のある方は、『ビーチ送迎』の際にリクエストして寄ってもらうといいかもしれない。ビーチ・エリアには素朴な漁村が多い。海に生きるシエラレオネアンの生活に触れることができる。 |
| ブンシー島 | ブンシー島を訪れた米国国務長官(当時)コリン・パウエル氏は、「自分はアメリカ人だが、今はただのアメリカ人ではない。この大地で自分のルーツを感じる。自分はアフリカ人でもあるということに誇りすら感じる」と述べた。このブンシー島は1670年に、西アフリカ穀倉海岸に於ける英国最大の貿易の拠点として設立された。後に西アフリカで集められた夥しい数の奴隷の一部は、この島を経由して、米国や東カリブの島々に送られていった。 みどころ: 1663年に英国によって築かれた『要塞』は、貿易の中継基地として利用された。1702年にフランス軍に襲撃され、破壊された。現在残っている要塞は、フランスによる破壊の後に再建されたもの。その後、オランダ、ポルトガルの占拠の時代を経て、再び英国の手に落ちる。1750〜1800年、この島は奴隷貿易の主要積出港として使われ、彼等はヨーロッパや米国、また東カリブの島々に送られていった。米国のサウス・カロライナ州に住むガラ族は、この島から送られてきたと言われている。いまはこの遺跡を保護しようと、国が尽力している。 |
| バナナ島 | バナナ島はフリータウン半島の南東の沖合いにあり、シュノーケリング(道具は持参)を楽しむことができる。釣りもできる(道具は貸与)。島の最北端にある『ダブリン村』では、1881年に建てられた教会跡があるが、ここは奴隷収容所の史跡。島を探検する前に、村の酋長に敬意を払っていただきたい。そうすれば村人がツアーの手助けをしてくれる。6月から雨季末期までは、波が高く観光に適していないので、乾季に訪れることが肝要。 |
| アクセス方法と他国との組み合わせ | |
|---|---|
| 直行便 | なし |
| 経由1 | 英国のロンドン: ロンドンへは日系航空会社、英国系航空会社の直行便が便利。または日本からヨーロッパ系航空会社か中東・アジア系航空会社などが自国経由で就航)。ロンドンからフリータウンまではアウストレウス航空が就航。 |
| 経由2 | ベルギーのブリュッセル: ブリュッセルへは日本からヨーロッパ系航空会社が自国経由で就航(オーストリア航空など)。ブリュッセルからフリータウンまではサベナ・ブリュッセル航空が就航。 |
| 国内線 | フリータウンのルンギ国際空港とリゾート・エリアの間をヘリコプターが結んでいる。フリータウンと地方都市との間には国内線が就航しているが、現在のところ不定期に近いので注意が必要。国内線のみの日本からの手配は不可能。 |
| 他国との組み合わせ | シエラレオネとギニア、シエラレオネとガンビアなど。 |
| 他国との組み合わせの一例1 | 例えばギニア+シエラレオネ: ギニアではフータ・ジャロンでの散策や、ディンギラエの藁葺き屋根のモスクを拝観。その後飛行機か高速艇でシエラレオネへ行き、フリータウン半島のリゾート・ホテルやプチ・リゾートに泊まり、奴隷貿易の本拠地のひとつ、ブンシー島や、素朴な漁村、解放奴隷の子孫が住むクリオ・ハウス、タクガマのチンパンジー保護区、バナナ島などを訪れる。 |
| 他国との組み合わせの一例2 | 例えばシエラレオネ+ガンビア: シエラレオネではフリータウン半島のリゾート・ホテルやプチ・リゾートに泊まり、奴隷貿易の本拠地のひとつ、ブンシー島や、素朴な漁村、解放奴隷の子孫が住むクリオ・ハウス、タクガマのチンパンジー保護区、バナナ島などを訪れる。その後ガンビアに飛び、“ルーツ”で有名になったジュフレ村や世界文化遺産のジェームス島、ガンビア川上流の北岸にある不思議なワスのストーン・サークル、ケル・バッチのストーン・サークル、やジャンジャン・ブレー(ジョージタウン)を訪れる。 |