
| ギニア |
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|国のあらまし|みどころ&アクティビティ|アクセス方法と他国との組み合わせ|![]()
アフリカ西部にあるギニア。タレントのオスマン・サンコンさんの故郷ということで有名ですが、この国は他の西アフリカのフランス語圏の国々と比べると少々、変わっています。1958年に独立した際に、ギニアの人々は初代大統領セク・トゥーレのもとに団結し、『奴隷の豊かさより、自由の中の貧しさを』と、完全独立の道を歩み始めました。その前後に独立したフランス語圏の国々が、統一通貨セーファー・フランの経済圏を確立したのに対し、ギニアはこの経済圏には入らず、独自の『ギニア・フラン』を国家の通貨にしました。確かに貧しく見えるかもしれませんが、この国は経済ではない豊かさを持っています。それは自然の美しさ。大西洋に面した海岸地帯、避暑地フータ・ジャロンのある中部地帯、なだらかな高原が広がる高原地帯、太古さながらの原生林に覆われた森林地帯に分けられ、“風光明媚なこと西アフリカ随一”とうたわれています。また、大河ニジェール川をはじめ、ガンビア川、セネガル川もこの国に源流を持っています。現在のところ立ち入ることができませんが、南部のニンバ山はユネスコの世界自然遺産に認定されました。美しい自然と素朴な人の待つギニアを旅してみませんか?文化面では世界でも珍しい、ディンギラエの藁葺き屋根のモスクやフータ・ジャロンのきのこのような伝統建築などが必見です。 (注)世界自然遺産に認定されているニンバ山は、現在立ち入り禁止です。

左から: 蔓で編んだ吊橋、ディンギラエの藁葺き屋根のモスク、フータ・ジャロンの伝統的な建築 左から: 首都コナクリ/ロス島へ!陽気なガイドと <全てイメージ>
(上記3点はギニア政府観光局ご協力) <以上、全てイメージ>
| 国のあらまし | |
|---|---|
| 正式国・地域名 | ギニア共和国 |
| 面積 | 約245,875ku |
| 首都・首府 | コナクリ |
| 元首/政体 | 元首: ランサナ・コンテ大統領 政体: 共和制(社会主義から自由主義、民主主義体制への移行を推進中) |
| 人口/民族構成 | 人口: 約8,380,000人 民族構成: マンリケ族30%、プール族30%、スースー族16%、ほかに20あまりの部族に分かれている。 |
| 宗教/言語 | 宗教: イスラーム教が9割、ほかに伝統宗教、キリスト教。 言語: 公用語はフランス語。ほかにマンリケ語、プール語、スースー語など。 |
| 通貨と為替 | ギニア・フラン(GF)。補助単位はない。 紙幣:25(稀)、50(稀)、100、500、1,000、5,000GF ・・ 硬貨:1、5、10、25GF 為替レート:1GF=約0.03円(2005年調べ)。 |
| ビジネスアワー | 官公庁: 月〜木の8:00〜16:30、金は8:00〜13:00。土・日・祝は休み。 会社: 月〜木の8:00〜12:30、14:00〜18:00。金・土は8:00〜13:00。土・日・祝は休み。 銀行: 月〜木の8:30〜12:30、14:30〜16:30。金は8:30〜12:30、14:45〜16:30。土・日・祝は休み。 お店: 平均して月〜土の8:00〜18:00。日・祝は休みのお店が多い。 レストラン: お店によって違う。高級店ではランチ・タイムとディナー・タイムに分かれているお店もある。 |
| 時差とサマータイム | 日本より9時間遅れ。 日本が正午のとき、ギニアは午前3時。 |
| 気候と旅行シーズン | 西アフリカでも湿度の高い国のひとつ。海岸地帯は多雨で、7月〜8月に集中して降る(雨季は5月〜11月)。中部地帯、高原地帯、森林地帯も5月〜11月が雨季。平均気温は30℃前後だが、高原地帯はこれよりも5〜10℃は低くなる。 朝晩は冷え込むこともあるので、羽織れるものを用意したい。夏の日差し対策も必要。 |
| 電圧とプラグ | 電圧は220V 50Hz。 プラグは『B』、『C』タイプ。 |
| 電話 | 国際電話は電話局などからかけられる。ギニアからかける場合については電話局やホテルで確認のこと。 *日本からギニアへ:国際電話会社番号+国際電話識別番号010+ギニアの国番号224+相手の電話番号 *ギニアから日本へ:国際電話識別番号+日本の国番号81+市外局番(最初の0を取る)+相手の電話番号 |
| 水 | 水道水の飲用不可。ミネラル・ウォーターか湯冷ましを飲んだほうがよい。 |
| チップ | チップの習慣がある。高級ホテルでの枕銭は$1相当(3,500GF)。高級レストランでは勘定の10%ほど。 |
| 入出国関係 | パスポートの残存有効期間: 帰国時まで有効なパスポートが必要。 ビザ: 必要。査証欄の余白は見開きで2ページ以上、必要。 |
上記に『ビジネスアワー/電圧とプラグ/電話』をご案内しております。
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1.ビジネスアワーについては平均的な営業時間帯を採用しております。しかし、全ての機関や会社、お店、レストランがその通りの時間帯で営業しているとは限りません。出発前もしくは現地に到着後、ご確認されますよう、お願い致します。
2.電圧とプラグについてはなるべく政府関係・政府観光局関係の資料を基に作成してありますが、ホテルによっては個別のアウトレット(コンセントの穴)を設置している場合がございます。アウトレットによって使用できるプラグの形が決まります。ご出発前にご確認されますよう、お願い致します。
3.電話のかけ方は一般的に電話局などから日本に直通電話をかける場合のかけ方をご紹介しております。かける場所(公衆電話、カード式公衆電話、空港や駅に設置の電話、ホテルの部屋に設置の電話)によってかけ方は異なります。ホテルから電話をおかけになる場合はフロントで、また、弊社の「ホテルでの宿泊を伴う現地発着プラン」を申し込まれたお客様はガイドや現地係員などにホテルから電話をかける方法をお聞き下さい。一部の国・地域では電話局からしかかけられない場合があります。また、コレクトコールのできない国・地域もございます。
| みどころ&アクティビティ | |
|---|---|
| コナクリと海岸地方 | <コナクリ>: かつて西アフリカに於ける、フランスの重要な貿易港で“アフリカのパリ”と呼ばれていたあったコナクリは、19世紀末に本土とコーズウェイで繋がるまでは島であった。現在のコナクリは、活気にみなぎっているギニアの首都。ここ数年で新しいお店、レストラン、ナイトクラブなどが増え、日曜は特に盛り上がりを見せる。 *国立博物館: コナクリ中心部の南の海岸近くにある。ささやかながら仮面、像、楽器などを展示している。『カーズ』と呼ばれる建物が外にあるが、そこは職人たちの工房になっている。 *国立宮殿(パレ・デ・ナシオン): 1984年のOAU(アフリカ統一機構)会議に使用すべく、初代大統領セク・トゥーレによって建設された宮殿であったが、セク・トゥーレの突然の病死の為、OAU会議はキャンセルされ、利用価値がなくなった。更に1996年2月の軍事クーデターにより壊された。ギニアの現代史の舞台のひとつ。国立宮殿の周りには、OAU会議に参加する要人のために50軒のコテージが建設されたが、現在では住居や会社として利用されている。 *オッポ・アテリエール: コナクリ東郊のトゥンボ地区にある職人の工房。ここではスクラップを使った工芸品が見もの。その場で購入することができる。 *グランド・モスク: トゥンボより更に北東のカマイエンヌ地区にある。サウジアラビアの資金援助で1984年に建立された。1万人が礼拝可能なモスク。異教徒の個人での拝観は原則として受け付けていないが、隣接するイスラミック・センターで拝観アレンジしてもらうことが可能。境内には『初代大統領セク・トゥーレの墓所』がある。 *ロス諸島(イル・デ・ロス): コナクリ南西の沖合い10kmの海に浮かぶ島々。ギニア人にとっても、外国人にとっても海岸地帯随一の観光地。かつては奴隷貿易の基地として使われ、その後19世紀の殆どの時期、英国の支配下に置かれ、やがて新大陸から戻った解放奴隷が居住した。『ルーム島(Room)』には静かなビーチと、しゃれたホテルがあり、ちょっとしたリゾート気分が味わえる。ルーム島にはジェンベの先生がジェンベ教室を開いている。『タマラ島(Tamara)』は、フランス領時代からセク・トゥーレ時代を通して“流刑の島”として使われた。ビーチはそれほど綺麗ではないが、ハイキング・コースがある。フォトバ(Fotoba)には小さな教会がある。『カサ島(Kassa)』はコナクリからいちばん近い島。ビーチが綺麗で、プチ・リゾートがある。 [アクティビティ] <観光>: 市内観光、国内観光などの現地発着プランがある。 (海岸地帯・中部地帯のその他のみどころ) *デュブレカ: コナクリの北東の海岸にある。ランサナ・コンテ大統領の故郷でもあり、いくつかのトレッキング・コースの基点となっている。小舟で数時間行くと『マングローブの群生』があり、動物や鳥たちの楽園となっている。 *コヤー: コナクリから北東へ50kmほど行ったところにある街。とりわけ見るものはないが、ギニアのミネラル・ウォーターのブランドである「コヤー」はここで詰められている。 *キンディア: 『ろうけつ染めなどの染色』で有名な街。街ではその工程を見られる場所がある。また、『旧パスツール研究所―現動物園』では毒蛇やゴリラなどを見ることができる。郊外には国内随一の滝として名高い『花嫁のベールの滝(Voile de la Mariee)』があったが、現在は荒れ果てている。代わりに『キリッシの滝』はいかが? |
| フータ・ジャロン & ディンギラエ |
フータ・ジャロンは、ギニア最大の観光地。西アフリカでも最も自然の景観の美しい場所のひとつ。プル族の故郷。標高1,000mを超える高原地帯の入り口で、西アフリカを代表するハイキング・コースがいくつもある。11月〜1月がおすすめ。気候も涼しく、空も澄み渡る。セネガル川、ガンビア川の源流があるのもここである。 *マム: フータ・ジャロンの玄関口。田舎町だが活気があり、街中にはユニークな『モスク』もある。マムの近郊に『ティンボ』という村があるが、ここがかつてのフータ・ジャロンの中心地。プル族の重要な宗教の中心地であったが、いまは見るべきものは殆どない。この村の近くには『森林学校』があり、森の保存方法などを教えている。学校内には散策コースがある。マムとファラナーを結ぶ街道上、ちょうど中間点にあるジャンクションを南下するとソーマラレアの村がある。この村の近くの『蔓で編んだ吊橋』は美しい。 *ダラバ: フータ・ジャロンはアフリカでも珍しい『針葉樹の群生』があることで知られているが、ダラバ周辺ではよく見ることができる。独立前は入植者の高官の保養地として親しまれ、当時の高官の別荘などの建物が現在でも残っている。観光局があり、周辺の観光地を記載した小冊子をもらえる。ダラバはまた、ハイキングの拠点となっている。日曜日には『日曜市』が立つので、ぜひ、日曜日に訪れたい。また、工芸品でも有名で、バティックやバスケットなどが手に入る。また、フーグーンバ(Fougoumba)のきのこのような形をした伝統建築は必見! *ディンギラエ: フータ・ジャロンの入り口マムから北東へ300km以上。途中、悪路をゆくので4WDが必要。ここには世界でも珍しい『藁葺き屋根のモスク』がある。最近、改装されたそうだが、非常に珍しいので、一見の価値がある。このモスクは、この地域のイスラーム教エル・ハッジ・オマール・トール派の中心となっている。 |
| ファラナーと ニジェール川上流国立公園 |
マムから西に向かうこと200km以上。ニジェール川上流国立公園のゲート・ウエイとなっているファラナーの街がある。初代大統領セク・トゥーレの出身地。かつての『議会』が残っているが、現在は安ホテルになっている。セク・トゥーレはここにコンコルドの発着できる滑走路を築こうとしたが、あまりにも事業が大きすぎ、失敗した。ニジェール川の上流を眺めるには絶好の場所。『ニジェール川の源流』はファラナの南150km、シエラレオネとの国境のところにあるので、行くことは困難。『ニジェール川上流国立公園』は野生動物の宝庫で、ウォーターバック、バッファロー、ナイル・ワニ、カバ、たくさんの種類のサルなどが生息する。また、西アフリカに残された数少ない乾燥熱帯雨林のひとつでもある。園内のシダコロ地区には植物園、ソモリア地区にはチンパンジー・センターがある。国立公園内には簡素なロッジがある。 |
| アクセス方法と他国との組み合わせ | |
|---|---|
| 直行便 | なし |
| 経由1 | アラブ首長国連邦のデュバイ+モロッコのカサブランカ: デュバイへは関空からエミレーツ航空の直行便が就航。デュバイからカサブランカへはエミレーツ航空が就航している。カサブランカからコナクリまではロイヤル・エア・モロッコが就航している。 |
| 経由2 | フランスのパリ: パリへはエール・フランスの直行便が就航。パリからコナクリまではエール・フランスが就航。 |
| 経由3 | ベルギーのブリュッセル: ブリュッセルへは日本からヨーロッパ系航空会社が自国経由で就航(オーストリア航空など)。ブリュッセルからコナクリまではサベナ・ブリュッセル航空が就航。 |
| 国内線 | あるが日本から航空会社に直接予約することは不可能。 |
| 他国との組み合わせ | ギニアとモロッコ、ギニアとシエラレオネなど。 |
| 他国との組み合わせの一例1 | 例えばギニア+モロッコ: ギニアではフータ・ジャロンでの散策や、ディンギラエの萱葺き屋根のモスクを拝観。モロッコでは世界遺産の数々をフェズ、マラケシュなどのメディナや、アイト・ベン・ハッドゥなどのカスバを堪能。 |
| 他国との組み合わせの一例2 | 例えばギニア+シエラレオネ: ギニアではフータ・ジャロンでの散策や、ディンギラエの藁葺き屋根のモスクを拝観。その後飛行機か高速艇でシエラレオネへ行き、フリータウン半島のリゾート・ホテルやプチ・リゾートに泊まり、奴隷貿易の本拠地のひとつ、ブンシー島や、素朴な漁村、解放奴隷の子孫が住むクリオ・ハウス、タクガマのチンパンジー保護区、バナナ島などを訪れる。 |